2009年10月 7日 (水)

ブログ一時休止の継続

昨年9月、”ブログ一時休止の継続”のお断りをしてから、早いもので、さらに1年が経ってしまいました。すみませんが、もう少し、ブログをお休みにさせていただきます m(_ _)m。

|

2008年9月28日 (日)

ブログ一時休止の継続

気がついてみると、ブログを休止してから、早や1年が経過しました。すみませんが、もう少し、ブログをお休みさせていただきます m(_ _)m 。

|

2007年9月 1日 (土)

ブログ 一時休止のお知らせ

ブログ(ティ-ブレイク)の掲載、いつまで続くかわかりませんが、まずはやってみよう、というのりで始めてみましたものの、やはり、雑事に紛れて、更新が滞っています。

ご覧いただいている皆さまには、誠に申し訳けないという思いで、この3ヶ月余、過ごしてきました。

ここに、ブログの掲載を一時休止し、しばらく考える時間をおいてから、新しい気持ちで出直したいと思っております。


    短期間ではありましたが、皆さまから励ましのお言葉をいただきましたこと、厚く御礼を申し上げます。

(スタッフだけが知っているホームページ上のある場所に、ブログをリンク・保管し、いつの日にか、再出発を期したいと思っています、ありがとうございました) 

|

2007年5月14日 (月)

澤清嗣

  唐津の川上清美さんとの「二人展」のために、澤清嗣さんが在廊なさいました。 

 澤さんのお家は代々焼き物のお仕事に携わっており、お祖父様は「なまや」、お父様は「やきや」と言われる、生地の成形、焼成を専門になさってたそうです。信楽焼も以前は分業の世界だったのですね。 

Sawa1_10  澤さんは、やきものは高橋春斉氏に師事なさり、お茶、茶花も学ばれたようです。特に、茶花に関しては、加藤淡齋氏の助手として全国をまわられたようです。その時の花題は、澤さんが山に入り、切り出されました。 

 今回も信楽の山の草花がダンボールでどっさり届き、個展初日には、作品に生け込みをなさいました。一見豪放な澤さんですが、お花は品が良く、凛としていて、作品がピリッと引き締まります。
     

Hanaikadanew_6 都会の花屋ではめったにお目にかかることができない、珍しいお花ばかりでした。「ツキヌキ忍冬」は確かに、葉を突き抜けて花が咲いていますし、「ハナイカダ」は葉の筏に花がのっかっています。情緒のある命名ですね。雄雌異株で、写真のものはハナイカダ雌株です。 

 信楽と言えば、徳利と帳簿を持った狸のやきものが有名ですが、近頃、信楽の山のたぬきが、絶滅状態の危機に瀕しているそうです。ペットから伝染した皮膚病が原因のようです。狸に代わって、新しく信楽のペットとして登場してきたのが、ふくろうと狸の子供???だそうです。  「たぬき」と「ふくろう」の子供ですから、「ふくきたろう」君だそうです。お腹に「ぬ」という前掛けをかけているようです。 

 澤さんの片口鉢は、なんともいえない愛嬌があり、ふくきたろう君のイメージと重なる気がしないでもないですね。

|

2007年4月 7日 (土)

辻村唯

Tsujimurablog3_5 昨日(6日)から、陶彩で辻村唯さんの個展が始まりました。奈良の工房の庭には、ごろんごろんと自然釉と題された作品たちが転がっています。高台がない作品は、決してすわりがよいというものではありませんが、独特の膨らみを持っています。湯のみなど、手にほっくりと馴染みます。

唯さんの陶芸の師は、お父様である辻村史朗氏ですが、本格的に焼き物に取り組み出したのは、高校を卒業してからだそうです。そうはいっても、身近に土があり、窯がありの生活でしたから、小学校の頃から見よう見まねで、土いじりはなさっていたようです。

現在は、ご実家から一山隣の高台に工房・ご自宅を構えていらっしゃいます。お食事はご実家でお母様の手料理、これがすばらしくおいしいのです。何度かお邪魔させていただきましたが、野菜中心の、体にやさしいそうなお惣菜をお母様流にアレンジして出していただけるのです。その脇で、唯さんが炭火で辻村家特注のチョリソーソーセージを焼いてくださり、それがちょっと涙目になるくらい辛いのですが、くせになりそうな味です。

世界各国の骨董がなにげなく置かれていますが、家主の美意識の高さが感じられ、窓から見える奈良の山の季節の移ろいと共に至福の時間を過ごさせていただきました。

Tsujimurablog1_6 通いなれた道とはいえ、山の斜面をバイクで駆け下りていく唯さんの姿は、なかなかかっこよかったです。

個展初日の昨日は、朝からお客様が途絶えることなく、彼の人柄の良さでしょうか、わざわざ関西から彼を応援するためにお訪ねくださった方々も多くいらっしゃいました。

Tsujimurablog4_3 会場の花器に入れられた野の花は、彼自身が山に入って切ってきたものです。椿、山ツツジ、黒文字などが花器に入れられると、陶彩が奈良の自然釉に彩られました。

唯さんに教えられ、黒文字の枝を折って見ると、なんともいえない透明な香りがしてきました。

朝から立ちっ放しでお疲れだとは思うのですが、笑顔を絶やさず、お一人お一人に丁寧に接していらっしゃいました。気取らず、自然体の作家の姿は、作品そのものの姿に通じる気がしました。

|

2007年4月 4日 (水)

象牙の箸

30年以上使い続けているものの中に、象牙の箸があります(それ以外にも、手鏡、鉄のフライパン、小物入れ等色々ありますが)。ワシントン条約が厳しくなる前に、バンコックで何組か購入した一つを大事に使っています。汚れてきたら、ホーミングを付け、タワシでゴシゴシすると、つるんときれいになります。

Blog070328hashil_4 箸は、聖徳太子の時代に中国から渡って来たものですが、中国ではスプーンと組みにして使っていたようです。古代では、箸は菜をつまむもので、ご飯はスプーンで食べていたようです。今でも「ラーメン餃子」よりちょっと高級な中華料理店に行くと、箸と一緒に、必ずスプーンかレンゲがセットで置かれてますね。

箸マナーは、日本でもいろいろありますが、中国でも厳しかったようです。目上の人が箸を置くまで、目下の人は下ろしてはいけないとか、碗の上に横たえて置かなければいけないとか。明の朱元璋は、部下の箸の使い方が気にくわず、流刑に処したほどでした。

日本では、古くは一本の細い棒を折り曲げ、ピンセットのように挟んで使うものだったようです。ハシの語源は、鳥の嘴のように挟むから来ているというものと、食べ物と口の間をとりもつ物というものと両方があるようです。やまとことば流の解釈からすると、箸も橋も柱も、ハシの意味する「間」をつなぐ役目をするものとなります。

階段も古くは「キザハシ」(刻んだ橋)、梯子も「ハシタテ」と言われてました。こちらの方がなんとなく納得できます。

|

2007年4月 3日 (火)

升たか 自楽一畳

個展の打ち合わせで、升たかさんの工房を訪ねました。経堂に素敵なお家があるにも拘らず、ご自分を追い込みたいとのことで、2年ほど前から、墨田区の下町に工房を構えていらっしゃいます。

Blog0703masutaka3_7 魚屋と豆腐屋に挟まれ、道路からお仕事している升さんの姿が丸見えです。

住み始めの頃はお隣との壁の薄さに慣れず、隣人の階段を上がる足音や、新聞をめくる音などに新鮮さ半分、落ち着かなさを感じたそうです。
  

Blog0703masutaka2_11ご自分で内装を変え、壁は和紙が一面に貼られていますが、実は表から見えるとこだけ、裏側はまだ先のお仕事に残してあるようです。

みな様ご存知のとおり、升さんは劇団(天井桟敷)、染色、絵画、イラストレータと、50歳でやきものを始めるまで、いろいろな経験を積まれた方です。その引き出しの多さから、お会いすると話題が絶えず、時間が経つのを忘れてしまいます。

    

Blog0703masutaka1_7 お昼は、近くの「スパイス・カフェ」という、古いアパートを改装したオリジナルインドカレーのお店で、800円のカレーランチを食べに行きましたが、予約しないと入れないという人気のお店です。ラムカレーがお薦めです。

またまたその近くに、「天真庵」という長屋カフェも近々オープン、オーナーは、この町のもっている、なんともいえず、暖かく懐かしい雰囲気が気に入ったそうです。
 
今日はテレビの撮影があるそうで、コーヒーが飲めませんでしたが、今度は、升さんのカップでブルーマウンテンを飲みたいものです。

すぐ近くの押上と業平の中間地点くらいに、新東京タワーが建設され、安藤忠雄を中心に新しい町造りが計画されていますが、この町は背広姿もほとんど見かけず、時間の流れが止まったように、のどかに、あったかく人を包んでいる気がします。

|

2007年4月 2日 (月)

岡本作礼

Blogokamoto_2 過日、唐津の作家、岡本作礼さんが陶彩にいらっしゃいました。唐津の作礼山の仕事場にお邪魔する時は、くたびれたズボンに(失礼・・)、頭に手ぬぐいというお姿でしたから、颯爽とスーツ姿で「やあ!」とお店に入って来られた時は、認識するまでにちょっと時間がかかりました。 

来年の個展の打ち合わせにいらしてくださったのですが、個展テーマは「唐津の黒」に決まりました。黒(一色)といっても、黒唐津、黒高麗などを基本に、土、釉薬、焼成温度などの違いでいろいろなバリエーションが生まれてくると思います。 

岡本作礼さんは、同じ唐津の中里重利さんのところで修行された方ですが、轆轤目がきれいで、以前、仕入れさせていただいた「瓢の花入れ」など、とても緊張感がある轆轤しごとでした(現在、陶彩ホームページのトップの写真がその作品例です)。 

いつもの通り、陶彩の勝手な要求をいっぱいぶつけて、後はお任せという打ち合わせを終えました。

岡本ご夫婦は大恋愛の結婚をされたという話を、唐津の某作家から聞きましたが、奥様へのおみやげを陶彩で求められ、かばんの中には、お嬢様用に銀座の月光荘の色鉛筆とスケッチブックが入っていました。心憎いではないですか!。 

陶彩スタッフの岡本作礼さん株がぐんと上がり、お帰りになられた後は、「ダンディですねえ~。ピースが似合う・・」という評でした。タバコのピースです、念のために。

|

2007年4月 1日 (日)

大宮、氷川神社 (3/25)

過日、さいたま市の大宮区で、市川良夫さんが個展をしているので、見に行きました。地図で見ると、さいたま新都心駅の近くと出ているのですが、車でどのくらいかかるのか、見当がつかず、とりあえずナビを頼りに目黒から高速に乗りましたが、なんとそのまま首都高速が続いていて、わずか50分足らずで着いてしまいました。

Blog070326hikawa1_4Blog070326hikawa2_4  お天気もいいし、時間もあるから、少し寄り道をして帰ろうかと、氷川神社に参拝して参りました。

大宮市という地名は、平成13年4月30日をもって地図上から消滅し、新しく、さいたま市が発足したのですが、かっての大宮市は「武蔵国一の宮」である氷川神社の門前町として栄えたところで、その地名は、この神社が「おおいなる宮居」であったことに由来するそうです。

三ノ鳥居から境内に入ると、朱塗りの欄干の神橋が神池にかかっています。御祭神は、スサノオオノミコト・イナダヒメノミコト・オオナムチノミコトとなっていました。日本の神様は、別名をもっていらっしゃる方が多く、今一、よく理解できません。

このオオナムチノミコトも、アシハラシコヲ・ヤチホコ・ウツシクニタマの神などなど・・・要するにオオクニヌシノミコトの別名らしいのですが、そういってくだされば、・・・ああ、因幡の白兎を助けた、白い袋を提げてた神さんなんだと理解しやすいのですが。

まあ、せっかく来たんだからと、あっち、こっちに頭を下げ、拍手打って帰ってきました。

左の写真は、朱塗りの神橋と楼門、右の写真は、舞殿とその向うに拝殿・社殿(本殿)です。写真もぼやけていますね~。

注)うっかりミスで3月分の記事を消失しました。月を遡っての掲載ができないことがわかり、ここに4/1付けで再掲いたします。(  )内は元の掲載日です。ご容赦ください。

|

数独 (3/17)

Blogsudoku_1最近「数独」の毒におかされています。最初は病院の本屋で時間つぶしのために、「ナンプレ」を買ったのがきっかけでした。次は、携帯のアプリにダウンロードし、とうとうPSPの「カズオ」ソフトを買ってしまい、今や一日触らないと禁断症状を起こします。

「SUDOKU」は今や「KARAOKE」と同様世界共通語です。「数独」の命名は『パズル通信ニコリ』の社長鍛冶真起氏の発案で、「数字は独身に限る」の意だそうです。一桁の1~9の数字を、3×3のブロックに区切られた9×9の枠内に入れていくゲームです。世界選手権も行われているのですよ。

考案者はアメリカ人ですが、世界的なブームは、日本で「数独」を知ったニュージーランド人がイギリスのタイムズ社に売り込み、イギリスで大人気になり、世界に飛び火したようです。

飛行機の中での時間つぶしには最適なのですが、ついつい後一問、後一問、・・・といいながら、お風呂のお湯を溢れさせたり、夜更かししたりするのは、よくないですねえ~、・・・反省。

|

«春に酔う (3/8)